2011年11月15日火曜日

ツールドおきなわ市民140Kmを走って

11月15日(火)

本日からダークサイドに復帰。
それについては、あえてコメントなし。

しかし、沖縄はよかったな~。
天気にも恵まれ、ケガもなく無事に完走できて。

当日は5時半に起床。
軽くストレッチをして、それから朝食。
ホテルのバイキングだったが、いつもどおりフルーツとパンとヨーグルトを食べる。
朝のお勤めも快腸。
熱めのシャワーを浴びた後、準備を整えて7時過ぎにホテルを出てスタート地点へ。

プライベートリゾートオクマは、旧米軍施設の後地に整備されたとてもきれいなホテルなのだが、夕方に到着して早朝に発ってしまい、ゆっくりできないのがちょっと残念。
ホテルからスタート地点までは自転車で5分ほど。
出走確認のカードを投函して、少しアップをしているうちに、徒歩でやってきた奥方と合流、スタート時間を待つ。

チャンピオン210Kmの通過後、ジュニア国際140Kmがまずスタート、その後9時5分に市民140Kmわが輩たちがスタートした。

スタート直後は落車に注意しながら慎重に走り、5Km少々走ると1回目の普久川ダムの登りにさしかかる。
今年も、いきなりこの登りで心臓が口から飛び出そうなほど心拍があがった。
7.5Kmの登りの半分ぐらいのところまでは集団にくらいついて行ったが、一旦離れ出すともうダメ。
ちょっと弱気になってしまう。
しかし、なんとか何人かの集団で下りに入った。
下りはちょっとだけ得意。
今年は路面が濡れていなかったので快調に飛ばし、何人かを抜かしながら前の集団を追う。

その後、奥あたりまでのアップダウンが続く区間では、周囲を走る選手たちと足並みが揃わず、協調することもなく、まとまった集団に追いつくこともなく、単独で走る時間が多くなってしまった。
奥漁港あたりで、一人の外国人選手(仮称ボブ)を中心とした、ちょうどいい感じの7人で協調することができ、そのまま普久川ダム2回目の登り口まで気持ちよく高速巡航することができた。
昨年は、ダムの登りに差しかかるまでに、市民210Kmの先頭集団にのみこまれてしまったのだが、今年はまだこの時点では追いつかれていない。

その7人の足は本当によく揃っていたようで、途中でいくつかのグループに追いついてはちぎりを繰り返したが、メンバーが替わることはなかった。
中でもボブの馬力は強力で、わが輩も含め他のメンバーも先頭交代はするのだが、ボブの半分の時間も持たないといった感じだった。


ダム2回目の登り。
登りに入ると7人はバラバラになてしまった。
仕方がない。
ボブは、体つきからして登りは辛そうだったので、悪いな~と思いながら先に行かせてもらった。

途中で、ただ事ではない感じで倒れている選手に遭遇した。
後で知った話だが、一時心肺停止状態だったところ、数名の選手が救護措置をとって救護班に引き渡し、その選手は大事に至らなかったとのこと。
わが輩が通過したときには、すでに救護班が手当をしているところだったが、もしまだ救護班が来る前に通りかかっていたとして、わが輩はそこで立ち止まることができただろうか・・・。
レース後に、この出来事を知ったとき、なんだか複雑な感情がこみ上げてきて、なぜか反省している自分がいた。

ダムの登り中盤で、210Km先頭の2人に抜かれた。
異次元のスピード。
わが輩が63Km地点ということは、彼らの133Km地点ということ。
その後、追走する210Km集団が嵐のような勢いで抜いていく。
わが輩は、峠の真ん中でフラフラしているただの障害物と化してしまった。
一生懸命登ってるんだけど・・・。
頂上が間近というところで、早くも両太ももが痙った。
これはいかんと、アミノ酸サプリを補給して、なんとか頂上に到達。

しばらくは、ちょっと得意な下りだが、またすぐに厳しい登り。
まだ70Kmを少しすぎたところ、約半分だ。
2回目のちょっと弱気になる地点だ。

その後も20Kmほどは容赦なくアップダウンを繰り返す厳しい区間だが、運よく210Kmの比較的大きな集団が追いついてきてくれたので、鼻水を拭う間もないほど必死に食らいついていった。
登りで微妙に離れ、下りで追いつく。
足が痙っては治り、これの繰り返し。
決して効率のよい走り方ではないが、この人たちから離れると心が切れてしまうような気がして、ただそれだけで走っていた。

東村手前で切れてしまい、その後しばらくは単独になってしまった。
前に追いついても、ここまで来ると、みんな疲れがピークに達している。
なかなか協調してスピードを上げることができない。
そんなとき、後ろから馬力が残っていそうな選手が追いついてきた。
ボブだった。
またボブと協調してペースを作って走っていると、人数が4人、5人と増え、スピードが上がり始めたった。
「一緒に行きましょう。」、「回しましょう。」の声がかかり、とてもいい感じで、最大で10人ぐらいの集団で走ることができた。

その集団も番越トンネルに向かう最後の登りでは崩壊してしまい(わが輩が大幅に遅れた)、そこから先はまた単独で制限時間との戦いになった。

最終川上の関門を今年も制限数分前にすり抜け、あとは8Kmゴールを目指すのみ。
が、しかし、関門通過の安堵感と疲労で、ここから先がまた辛くて足が回らない。
と、そんなところに後ろから追いついてくる選手が・・・。
ボブだった。
ボブともう一人、奥漁港から一緒に高速巡航した選手の一人とも合流して、国道58号線を高速凱旋、最後まで気持ちよく走ってゴールすることができた。
そしてゴール後、ボブとも健闘を称え合うことができた。


結果は、目標には及ばなかったのだが、なんとなんと、着順が昨年と全く同じであった。
いやいや、びっくり、こんなこともあるんだ。
しかし、ゴールタイムは昨年より4分少々遅くなっている。

昨年は夏頃まで腰のリハビリで、それほど練習ができていなかった。
完走は無理かな・・・と思いながらのスタートだった。

今年は昨年より走れそうな気になっていたが、振り返ってみれば、家族の不幸、職場環境の変化などで、結局、練習を始めたのは7月からだった。
それも、ほぼゼロの状態(普通の中年のおっさんの状態)から。

累積標高が2,670m、144Kmのレースである。
にわか仕込みでは通用しない。
そんなに甘くないということだ。

さあ、来年の大会まであと360日と少々。
加齢に打ち勝ち、まだまだ速くなってやる。

ハブ酒でも飲んでがんばるか。(買ってませんが・・・)


※当日の補給食
・スタート直前  パワーバージェルブラスト 1袋
・レース中  パワージェル 8個、 アミノバイタル 1個 



4 件のコメント:

はいどおじょ さんのコメント...

ダークサイドに戻られましたか。
ご苦労様です。。。
自転車レースって途中途中っで集団になって先頭をかわるがわる走るのはなんとなく知ってましたが、見ず知らずの人たちともそういうことするんですね、知らなかったです。
個人競技だけどそういうところってスポーツマンシップが感じられていいなあ。
来年のレース楽しみですね~。
わんわん

ねこ蔵 さんのコメント...

自転車競技はとても人間臭いスポーツです。それぞれの選手が程よい距離感で、時には協力しあい、時には競い合いながらゴールを目指して勝負します。そうやって、相手を思いやる気持ちや協調する気持ちがなければ事故につながるし、思いやってばかりだと勝てないし。
その力加減が本当に人間くさくて心地いいんです。

匿名 さんのコメント...

完走おめでとうございます
お天気良かったんですね
良かった
レース中の駆け引き、おもしろいですね
ねこ蔵さん文章がお上手なので
臨場感たっぷりです
私も何か運動を始めてみようかなあ
と思わせてくれるエントリでした~

 我が家は今週末から
兄が嫁さん候補を連れて来島します!
ちゃおっと

ねこ蔵 さんのコメント...

ちゃおっとさん、ありがとうございます。
ケガなく無事に楽しくゴールできて満足です。
アスリートとして記録をもっと気にすることも必要なのかもしれませんが、まあ、それは今後考えることにします。アマですから。
そちらのこれからの季節は暑くもなく、寒くもなく、サイクリングには最適のシーズンだと思います。
ちびっこたちと一緒にサイクリングとかいいんじゃないですか。
ところで、バニラかわいいですね。